ここだけの話、もう随分前から窓の鍵がかかりません

mado_kagi
民生委員として私が毎月訪れているFさんのお宅では、ここだけの話、もう随分前から窓の鍵がかかりません。Fさんは重度のアルコール依存症で、何度か更生施設にも入ったのですが、今のところアルコールをやめることは出来ていません。アルコールで脳が萎縮してしまっていて、まっすぐ歩くこともままならない状態ですが、自宅には常にいるので、窓に鍵がかかっていなくても、泥棒の心配はありません。量を減らすようにはしていますが、今でも昼間っからお酒を飲んでいるようで、年中敷きっぱなしの敷布団からは、お酒のシミかなんなのか、わからない汚れも沢山ついています。

食べるよりも飲む。それだけが楽しみというようなFさんは、アルコール依存症でも暴れたりすることはなく、ただ静かに1人お酒を飲み、窓ガラスの外に見える枯れた木を、ただぼんやりと眺めて過ごすのが好きなようです。その窓ガラスがあまりに汚れていたので、いつかの訪問時に、ちょっと拭いて掃除をしてあげたことがあります。それまではぼんやり窓ガラスを見ていたFさんが、私が掃除をして綺麗になった窓ガラスに気がつき、ぱっと目の色が明るくなったことが、とても印象的でした。しかしそれはその時1度きりで、窓ガラスにもっと近づいて外を見ようと誘ってみても、窓ガラスを開け放してみようかと声をかけても、それには全く応じません。鍵が壊れているのですぐにでも窓は開くのですが、Fさんは少し離れたところから、控えめに外を見るくらいしかしないのです。

私がFさんの担当になってからもう2年ですが、私と会う前のFさんにどんな歴史があったのか、私は全く知りません。アルコール依存症に陥った原因も、Fさんのことを心配してくれる身寄りがない理由も。ただ鍵のかからない窓ガラスの向こうの、景色だけがFさんを知っているのかもしれません。